古蜀の青銅器文化を伝える「三星堆博物館」

toya
管理人
記事: 110
登録日時: 2011年12月04日(日) 00:52
連絡を取る:

古蜀の青銅器文化を伝える「三星堆博物館」

投稿記事by toya » 2018年8月21日(火) 06:56

三星堆の失われた都市

成都からわずか40km離れた広漢にある三星堆博物館は、丘の中の静かな場所にあります。数千年前、この丘は青銅器時代に存在した都市を囲んでいた城壁の一部でした。三星堆博物館には、この失われた文明の品々を数多く展示しています。特に宗教的なマスク(面)には、想像力が刺激されます。

約3,500年前、中国四川省の長江のほとりにある三星堆で、文明が発展しました。しかし数世紀後には、栄えた文化の跡形が消えてしまいます。まるで突然その存在がなくなったかのように、文明に関する情報は口承でも文献としても残っていません。1986年、大量の美術品が見つかったことがきっかけとなり、この忘れられた文明が発見され、世界中が注目しました。明らかになった建築的な要素から、中国文明の起源が想定されていたものよりも、より複雑なことが分かり、歴史書に修正が加えられることになりました。

心を奪われるミステリー

三星堆が発見されたのは、比較的最近のことです。1929年、農民が耕作中に偶然、大量の翡翠(ひすい)製品を見つけたことで、この文化の存在が初めて分かりました。すぐに考古学者が興味を持ちましたが、初期の発掘ではほとんど何も見つかりませんでした。その後、1986年まで注目を集めることはありませんでしたが、驚きの出来事が起こります。地元のレンガ工場の作業員が作業中に、何千もの陶器、金、青銅、翡翠製品といったまぎれもなく貴重と思われる埋蔵品がたくさん入った土坑を発見したのです。三星堆で発掘された品の芸術的価値は、有名な西安の兵馬俑を上回ると言う芸術史学者もいます。

しかしながら、三星堆で発見された遺物は謎で包まれています。文明に関する文献はなく、その様式は同じ時代の他の社会のものとはまったく異なっています。同時代の文献も、三星堆文化について言及していないことから、四川の遠く離れた片隅で何か非常に特別な出来事が起こっていたことがすぐに明らかになりました。以前、中国文明は、黄河の川岸で発生したものと考えられていましたが、三星堆は、この説に当てはまらず、飛び出た目玉や鼻や象の耳の奇妙なマスク(面)が、急遽、歴史に含まれることになったのです。この文化について、現在でも分かっていることはほとんどなく、真相の究明は非常に難しいと言えるでしょう。

謎に満ちたコレクション

博物館の展示物は何千年も前のものですが、博物館自体は非常に現代的です。暗い展示室の数々が、ミステリアスな雰囲気を強調しています。展示スペースは2つのセクションに分かれています。第一のセクションは、この地域で発見された陶器、翡翠や金で作られた遺物、第二のセクションには、主に青銅品が展示されています。高さ2.62mにもなる青銅の像や幅1.34mと巨大な青銅製の面は実に見応えがあります。

Google マップ
https://goo.gl/maps/JfpvQydKRPs

画像

画像

画像

画像

画像

画像

画像

画像

画像

画像

“観光スポット” へ戻る

オンラインデータ

このフォーラムを閲覧中のユーザー: なし & ゲスト[1人]